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②「真面目でつまらない男」の学生時代

2018年1月14日

私は明治大学商学部卒です。

いわゆる文系です。

本来は理系の頭でしたが、高校時代、机上で勉強することが好きでなくなったのが主な理由です。

ものづくりに興味はありましたが、何のものづくりかは全く浮かびませんでした。

安易に「美大に行きたい」などと言える家庭環境でもありませんでした。

この世の中、単純化すれば「生産し消費する」で成り立っています。

ものやサービス、システムを誰かが「生産」し、私たちは「消費」します。

その間には「販売」すると言う行為が大抵あります。

何の「ものづくり」に興味があるのか答えを出せなかった私は、「販売」の方にまずは興味を持ちました。

「販売」は「ものづくり」に比べれば、かなり汎用性があります。

売るものが大きく変わっても、販売手法はそこまで変わらなかったりします。

入試の際、「売る」という行為を学びたいと思い、いくつかの商学部だけを受けました。

 

大学では「マーケティング」や「顧客満足」などを机上で学びます。

ただ、その頃の私は、実社会でのコミュニケーション能力の方に興味がありました。

営業は「第一印象で決まる」とよく言われます。

どうも私は「真面目でつまらない男」でした。

歳を重ねるにつれ内向きで、人付き合いがおっくうに感じるようにもなっていました。

それが表面に出てしまい「真面目でつまらない男」は私に定着しそうになっていました。

この状況を何とか変えなくては…

 

高校時代、硬式テニスに全てを捧げていた私は、大学で一番「活動的」として知られていたテニスサークルに入りました。

都立高校とは違い、大学は全国からやってきます。

大きなサークルは、全国から色々な想いを持って東京に出てきた人たちが集まっています。

「活動的」なところでは、価値観の違う人と人とのぶつかり合いが絶えず生じています。

そうしたところで中心に立つには、高いコミュニケーション能力が必要になります。

私にどうも欠けているものが、その輪の中心にはあると考えました。

 

やはりそのサークルでも、私は「真面目でつまらない男」と思われていきます。

それでも、「テニスがとても上手くて、かっこいい男(黙っていれば…)」の立場が、まずは身を助けてくれました。

4年間、そこから逃げることなく、私に足りないコミュニケーション力を身につける努力をしていました。

 

社会人になります。

相変わらず「ものづくり」に興味がある私でしたが、商学部からの「ものづくり」の道は見つかりませんでした。

もちろん建築や家電などの「ものづくり」会社に就職することはできます。

しかし、明治大学商学部卒に会社が期待するのは、「雑草のように営業する戦士」です。

友人たちは生涯賃金や安定性、ステータスなどで日本トップの金融系を目指したりしています。

収入は大事です。福利厚生も重要です。

ただ、しがない自営業者の子供の私が、実はそうしたところに入れることは、まずありません。

血筋や親の仕事は見えない「忖度力」となって、当時の日本では就職時には大きな効力を発揮していました。

学生時代に学んできたものと、ものづくりの両方が学べ、自分のようなものが行けるところはないものか。

稚拙な頭で出した答えは、旅行会社でした。

皆さん旅行会社と言うと、「カウンターで接客し旅行を販売する」業務を思い浮かべるかも知れません。

実はメインの仕事は団体営業なのです。

「ある組織や集まりにとって、興味があり必要となる、イベントや視察を考え、人の移動を絡めたものを企画提案し、

販売集客し、添乗同行する」という業務です。

有形ではありませんが、ゼロから人の移動を「デザイン」し、旅を「製造販売」し、

添乗しながらお客様に「消費」してもらう。

通常、大企業は業務を細分化分業化していきます。

しかし、旅行業の業務はデザインから消費まで個人で行えます。

そこに魅力を感じました。

それに、仕事とはいえ、自分が「デザイン」した国に行けるのも魅了でした。

私は旅行会社の中でも最も雑草根性がある会社として知られる近畿日本ツーリストに就職しました。