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⑨現代の建具の名工・友國三郎師匠の凄さ/岸邦明

2018年2月16日

井上刃物店には多くの木工愛好家が集まっていました。

プロアマ関係なく、木工が好きというだけの自然な集まりでした

その人たちに木工を素晴らしさを伝えることに協力してくださっていた方、友國三郎師がおりました。

「この人の加工技術はとにかくすごいんだよ」と幾人もが口を揃えて言います。

まもなく私もその友國師の下に週に1度通わせてもらうことになりました。

一人目の人生を変える出会い。それは建具職人「友國三郎師匠」との出会いでした…

 

「木工の凄い」とはどんな人であり、どんな世界なのだろうか。

その頃の私は、まだ木工の良し悪しさえ、しっかりと言えないレベルでした。

その段階の私が、日本トップクラスの職人の動作を間近で見させてもらえる機会に恵まれました。

分かり易く言えば、野球を始めたばかりの少年が、大谷選手に会っている状態です。

凄いのは分かるけど、どのくらい凄いのかを正しく判断できるだけの知識も経験も足りていません。

もうその時間、一挙手一投足を見続けるしかありませんでした。

 

工房はきれいそのものでした。

使用していないかと思うほどで、全ての金物はきれいに輝いています。

通常置いておくだけで錆びてしまうような工具ひとつとっても、きれいなままです。

全てが準備万端整えられていました。

師が玄翁を持つ、鉋を手にする、時には削る。

その全てを注意深く見続けます。

一言でいえば、その全てがかっこいい。美しい。

ものづくりの美しさに惹き込まれていきました。

 

今の私も、まだ友國師の本当の凄さは理解できないかも知れません。

私もかなり自分を追い込んで、家具製作という木工の分野で精進してきましたが、レベルが違うと思います。

友國師のような職人は、これからの日本には、もう生まれないかも知れません。

そもそも木工と言えども幅は広く、大工、建具、家具、伝統工芸、指物など多岐に渡ります。

その中でも、緻密で正確な加工が一番求められる分野が、組子などの建具の世界と言われています。

組子はデザイン的にはシンプルそのもの。高い加工技術がそのまま完成度の違いとなって現れる世界です。

数十年前までは、そうした手加工技術がまだしっかりと日本で使われていました。

そんな時代に、才能豊かな人が15歳から半世紀にわたり建具の技を追求してきた訳です。

今の時代、機械化や技術の汎用化が進み、ハイエンドの技を必要とする分野が減り続けています。

高度な匠の技を理解できる消費者が減り、必要とする空間が減っています。

当時の友國師は、普段は親族が経営する建具屋や東京都建具組合で建具職人たちに技術指導していました。

既に「江戸一番の建具職人」として名が通っていた訳ですが、

師が手掛けるべきほどの技術が必要で、かつ手間を掛けられる仕事が、今の時代、滅多に生じないからでした。

ちなみに友國三郎師は数年前、黄綬褒章を授章し、現代の名工となっています。

 

そんな師の凄さは、なかなか上手くはお伝えできません。

師が話されていた言葉をいくつか書いてみます。

もし、そのすごさが実感できたならば、あなたも木工の技をとことん突き詰める人生を送ってきた方だと思います。

「元日起きたら、一番に何をすべきか分かるかい。

前の日にきれいに洗い清めた研ぎ桶に、きれいな水を汲んで、神棚に捧げ、ご挨拶するんだよ」

「刃物は全て、その刃物を製造したメーカーに頼んで、研磨してもらわなくてはダメだよ。

メーカーごとに微妙にセッティングが違うから、そこをちゃんとしないと正確に加工できないよ」

「鑿は全て0.1ミリ単位でオーダーで作ってもらわなくてはダメだよ。

9ミリの穴を空ける用の鑿は8.9ミリと指定して作ってもらうんだよ

0.1ミリ小さく掘って、最後に一皮両側をさらうんだよ」

「手鋸は決して触っちゃだめだぞ。

一度でも落としたり、間違った挽き方をしたら、その鋸は使い物にならなくなっちゃう。

目立て屋さんに頼んでも、もう元にはもどらないんだよ」

「研ぎは冷たい水で研がなきゃダメだぞ。お湯じゃ切れない」

「前の日に研いだ刃物はもう切れないね。使う前に研がなくちゃ」

「どうしても前の日となれば、研いだ刃物は少しだけ使用して、木の油を付けてから仕舞っておくと良い。

椿油なんか塗っちゃだめだ」

そんなことをぽつりぽつりと話されます。

匠の技をメモをするのは失礼かも知れません。そんなことをしたら話してくれなくなるかも知れません。

その瞬間に頭の中に叩き込みます。

大抵最後に続けて、こう言います。

「嘘だと思うならやってみな」

そうなのです。全て自らやってみて、比較してみて、より良いと思うものを実践してきているのです。

理屈じゃなく、行ってきた結果、その境地に至っている。

友國三郎師匠は、依頼品を一人で制作する孤高の職人ですが、孤高だからたどり着ける世界がここにはありました。