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⑩木工に人生を掛け実践してきた、多賀捷躬師匠からの伝授/岸邦明

2018年11月29日

こんにちは。皆様ご無沙汰してしまいました。

ここまで書いていながら、途中でやめる訳にいかないと思いつつも、あっという間に半年以上が過ぎてしまいました。

私たちは数名で行っている小さな工房です。

分業なんてなく、ありとあらゆることをこなさなくてはなりません。

ものづくりの世界がここまで大変だとは思いもしませんでしたが、本当に毎日楽しくしっかり生きています。

そんな日々の中で、つかの間のゆとりを生み出しました。

と言うことで、続きです。

 

二人目の人生を変える出会い。

それは大工職人「多賀捷躬師匠」との出会いでした…

 

「この人の職人としてのこだわりはすごいよ」

「東日本随一の水澤工務店で、あの人はすごいと言わしめた職人さんだからね」

水澤文次郎と言う名工が築き上げた水澤工務店。

決して誰もが知る建設会社ではないけれど、東日本で最も高い技術を有する木造建築会社として

昭和という時代に君臨していました。

その名工務店に、いわゆる中途採用と形で入りながらも、生え抜きに負けることなく活躍し続けてきた。

となると、どんな猛者なのだろうと想像を掻き立てられます。

そうして過ごしている日々の中、急に多賀師が私の前に現れました。

日本人男性の平均身長よりも低いくらいで、細身でもあります。

強面で威勢がいいという訳でもありません。

「この人が名工なのか…」そう内心思っていると、私の心を見透かしたかのように、井上さんが話されます。

「腕のいい職人っていうのは、決して太ってたり、筋力隆々って訳じゃないんだよ」

そうなのか…やはり木工の世界は奥深い。

私が隅でひたすら鉋刃を研いでいると、見かねて声を掛けてくれた。

「そうじゃないんだな。見ててみな」

その瞬間から、多賀師は私の研ぎの師匠になった。

 

現役の棟梁である多賀師に頻繁に会える訳ではありませんでした。

それでも、井上刃物店に来る日には必ず会いに行きました。

とにかく、見る目が厳しい。僅かな甘さも見過ごすことはありません。

そして、私にとってとても重要だったことは、その見解をしっかりと言葉で説明してくれることでした。

技術的に精神的に、全てを論理的に指摘し、改善方法を伝えてくれます。

私は「この人に教わり続けることができたなら、必ず研ぎを覚えることができる」と必死に食らいつきました。

 

多賀師匠からの影響は研ぎだけで納まることはありませんでした。

私にとっては、研ぎ以上に、とてつもなく大きな影響を与えてくれました。

それは「職人として、ものづくりを生業にする者として、どうあるべきか」

と言う、私のこれからの生き方を決める核となるような考え方でした。

これまで書いてきたように、「ものづくり」をしてこなかった私は、当たり前かも知れませんが、

どのように「ものづくり」と向き合えば良いのかを、しっかりと理解していませんでした。

商学部を出て、商売をしてきた私は、

「このぐらいの物を、このぐらいの価格で、このくらい販売すれば、家具職を生業にできる」

と言うような、販売面からしか、ものづくりを見ていませんでした。

そんな甘っちょろい私に対し、多賀師は定期的に時間を割いてくださり、

時には酒を酌み交わしながら、3時間、6時間と話をしてくれました。

 

30歳を回って、木工の世界に入った私は、どこかで「全力でものづくりする」ことから逃げていました。

今更そこで勝負しても勝ち目はないと考えていたからです。

その考えが「甘い」ことを、自分の腕一本で生き抜いてきた多賀師に徹底的に指摘されました。

「ものづくりを生業にする」それも自分で「家具工房を営む」となると、

それは何歳から始めるとかは関係なく、

「誰にも負けなくらいの技術力」(スポーツとかでないので勝ち負けがある訳でも、勝たなくてはならない訳でもないけど)

「誰もしていないような提案力」

そうしたものをいつか手にするため、ひたすら向上心を持って学び、挑戦し続けなくてはならない。

「そういう努力をしなくては、家具工房を生業にし続けることなんてできないよ」

そうしたことを熱く話してくれるにつれ、私の中で、ものづくりに対する考え方は変わっていきました。

「良いものへの憧れ」は人一倍そもそもありましたが、

「良いものを生み出す高い技術」「良いもの作り上げる高い精神力」「良いものを生むための日々の生き方」

訓練校を卒業する頃には、私自身が、そうしたものに強く魅かれるようになっていました。

良いものという「有形」から、良いものを生み出すための技術や精神力といった「無形」に

目を向けるようになっていたのです。

 

今思い返しても、この考え方の変化は私の生き方を根底から変える人生観の変化と言っても過言ではありません。

多賀師匠と出会っていなければ、今の私はいないのだと思います。

 

卒業する頃には、私は多くの人々のアドバイスに支えられ、刃物が正しく研げるようになっていました。

木工と言うものづくりに、自分の人生を掛け、真摯に取り組みたいという気持ちになっていました。

多賀師は話してくれました。

「私が大工の世界に入った頃は、『技は目で見て盗め』という時代だった」

「この人はすごいと思っても、教えてくれることはなかった」

「研いでいるところ、鉋を掛けているところを横目で見て学び、昼間休憩しているときにこっそり道具を覗いて学んだ」

腕利きの大工が集まる木造建築の昔の現場は、今でいうと、歩合制のような賃金体系であったそうだ。

腕のいい大工は、仕事が早くて丁寧。板削りを一斉に始めると、誰よりも早くきれいに仕上げていく。

その結果、手当も上がる。

自分の腕の良し悪しが、賃金を左右する。技を人に教えるということは、自分の立場を危うくすることに繋がる訳だ。

『技は目で見て盗め』は決して美談ではなく、生きるための熾烈な戦いを表してもいた。

「私が刃物が研げるようになるのに、6年は掛かった」

多賀師のような人は、若いころから向上心あふれる人であったに違いない。

その多賀師が、刃物が研げるようになるために6年と言う歳月を費やした訳だ。

「岸さんが、今から6年も掛けて研ぎを学んでいたら、流石に間に合わないよね。

だから、せめて研ぎだけでもできるようにしてあげられたら、良いんじゃないかな~と思ってね」

ひとりの人に出会えて、こんなにありがたいと思うことは、そう多くはないと思う日々でした。

 

多賀師は、本当に多くのことを伝えようとしてくれました。

そして、私のような若者の言葉でさえ真剣に聞き、議論を繰り広げてくれました。

「私たちの時代は本当に閉鎖的だった。それじゃいけないと思うんだよ」

「培ってきたものをしっかりと伝え、伝える中で自分自身も学び、

木工を通して、人としても成長していくべきものだと私は考えているんだよ。

だから、今この瞬間、岸さんだけじゃなくて、私自身も学んでいるんだよ」

「岸さんは、説明が上手だ。人に教えるのが上手だ。だからしっかりとお弟子を育てなくてはならない。

日本の木工は世界に誇れるものづくりだよ。それをしっかりと次の世代に繋げていかなくてはならない。

私から学んだことがあったなら、それを岸さんが次の人に伝えてくれたらいい。

私にお礼なんかしなくていい。これからの木工人生の中で実践してくれたら、それが一番うれしいってもんだよ。

岸さん、そう思わないかね!」

 

更に、こんなことも言ってくれました。

「ここまで来れば、後は自分自身でやっていけるはずだよ」

「岸さんは、一説明すれば、残りの九は自分で考え行動することができる」

「そういう人は少ないし、岸さんなら自分の力で木工をやっていけるんじゃないかな」

「私とは違った木工になるとは思うけど、楽しみにしています」

誰もが認める腕利きの大工さんに「岸さんならやれる!」と言ってもらえたことは、

30過ぎて、ものづくりの世界に入った私にとって、とても大きな励みになりました。

 

 

あれから15年、今の私は、家具を作るだけではなく、

木工教室を開催し「木工を学びたい」という想いを持つ方に、プロアマ問わずに教え続けています。

誰かが作った家具であっても、大切にしていきたいという想いがしっかりとある木製品に対しては、

自分の培ってきたもの駆使し、修理修繕も行っています。

そして、自分の能力の限り、お弟子に全力で全てを伝えています。

こうしたことを通して、多賀師匠から受けた恩を、少しずつでもお返しできているなら、それはありがたいことです。

 

職業訓練校時代の講師で、ここに越してくる前の工房を貸してくださっていた先生がいます。

木工機械の会社の創業者で、経営者として私に色々なアドバイスをしてくれました。

その佐久間清先生からは、何度も言われていました。

「岸ちゃんは馬鹿だな~自分が苦労して手に入れたものを簡単に人に伝えちゃう。

教わった方は、それがどれだけ大切なことかなんて気づかないよ。

仕事柄数多くの木工家に会ってきたけど、岸ちゃんのような木工家には会ったことがないよ。

そこまで簡単に教えてあげたら、お弟子は大して何もできないうちに、

自分の力だと勘違いして、独立していっちゃうことになるぞ。

そこが岸ちゃんの良いところかも知れないけど」

そして、

「その人の好さや、器用さが仇となって、苦労するよな。

でも、岸ちゃんは最後は必ず成功する。この俺が言っているんだから間違いない」

 

人生を全力で生き抜いてきた人たちからいただく一言は重い。

決して裏切りたくはないですね。