アクロージュファニチャー

⑥品川職業技術訓練校(東京都立城南職業能力開発センター)木工技術科へ/岸邦明

2018年1月15日

結局2年近く海外を回りました。

陸路で欧州をほとんど回り、北米も横断縦断しました。

とても膨大な情報が私の身体に入ってきた月日でした。

見るもの全て毎日変わります。

ヨーロッパでは紙幣が変わり、言葉が変わり、食べ物が変わり、文化が変わっていきます。

ヨーロッパ文化は日本と違い地産地消が基本です。

建物もどんどん変わっていきます。

同じ国でも北と南では街の雰囲気も食べ物も人も変わります。

スーパーマーケットで毎日地元民に交じり買い物をします。

アメリカも都市部と内陸では全く変わります。南北でも家や人柄が変わっていきます。

ひとつの国でも地域が変わると生き方が全然違うように思えました。

各地の有名建築物、美術館、博物館に入ります。

写真でしか見たことがなかった、風景や至宝をほとんど見て回ります。

その一つ一つが今の私にとって大きな財産になっています。

この長旅のことは、またいつかお話しできればと思います。

 

無事帰国します。

「よし!家具職になろう!」

出国前の不安は不思議と無くなっていました。

なるための勉強を少しでも早くしたい気分です。

ただ、どうすべきなのかが分かりません。

いくつかの家具工房を回り、仕事を見させていただきながら話を伺います。

「なかなか大変な世界だけどね…」

私の中では「諦める」という選択肢は簡単には出てきません。

「もし、家具職人になりたいなら、職業訓練校に行くのが良いかも知れないね」

東京には品川と足立に家具製作の技術を教えてくれる都立の職業訓練校があります。

早速見学に行きます。

私より若い人たちが、家具製作を学んでいました。

「よし、ここに通おう!」

職業訓練校とは言え、入試があります。

倍率は3倍以上で、基本的に年齢は30歳まで。

「年齢は?」

「32歳です」

「じゃ、試験では100点じゃないと入れないよ」

その日から試験日まで、受験勉強が始まります。

国語と数学。高校入試レベルですが、学んだのは遠い昔。

漢字などはかなり忘れています…

過去問を手に入れ模擬試験。90点以上は取れても1問くらいは間違えます…

満点か…なかなか厳しいな。

久々に数か月間必死に勉強しました。

 

筆記テストと面接。

無事合格しました。一安心です。

後日聞いたのですが、満点が必須は嘘でした…

何とか制限超えの32歳で生徒になりました。

訓練校は1年間です。

家具を制作するための技術訓練と、家具を取り巻く様々な知識を身につけるための机上勉強が始まりました。

 

「なぜ家具職人になったんですか?」

上手くは言えないので、家具職人の道に入るまでを書いてみました。

私の周り、大学や高校の友人や同級生で「ものづくり」をしているのは私だけです。

そう簡単には進まない道なのかも知れませんが、私なりに「真面目」考えた末に選んだ生き方でした。

正直言えば、もっと早くからこの道に入るべきだったんだと思います。

それでも、ここまでの人生、それほど大きな選択のミスはしてこなかったように思っています。

誰もが、親や兄弟、色々なしがらみの中で生きているのだと思います。

「逃げてはいけないことからは逃げない」

「どんな苦しいことでも必死にやり続ければ、いつかは終わる」

私の人生はそんな感じです。

亡くなった母が、看取りの中で私のことを「優しくて根性のある子でした」と評価してくれました。

私は結果が出る出ない関係なく必死にやる性分のようです。

「努力」ではなく「根性」

そんな性分の大きな子が、家具職人の道に入りました。

 

 

 

 

 

 

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